第六章
天猫は待ち合わせの時間にあまり気にしてないように思えた。恐らく車や人など避ける為に慎重に歩いている為か、猫神と言われた事で威厳を感じる歩き方をしたいのだろうか。そして、可なり時間が過ぎて公園に着いた。
「おお猫神様、お待ちしていました」
強さを感じる堂々とした歩き方で、野良ボスの前に現れた。
「それで、あの猫は来ているのか?」
「はい、今日の寝床を探しています」
「そうか、ああ縄張りがあるからな飼猫では探すのが大変だろう。仕方が無い。私が間に入ってやろう。まあ、そうすれば野良になりたい理由も話してくれるだろう」
「まあ、その」
「ん、如何した?」
「まあ、あの猫に会えば分かると思います」
野良ボスは何かを隠しているように思えた。それでも、微かに笑みを浮かべているのだ。身の危険は無いはずだろう。そう考えた。
「それで何処に居るのだ」
「滑り台に居るはずです」
大きな溜め息を吐きながら答えた。思い出したくも無い事を思い出したのだろう。
「そうかあ、寝床には適さない所だな。まあ、飼い猫では仕方ないか」
「自分は、そろそろ寝ます」
「ああ済まなかった。本当にありがとう。おやすみ」
二匹は別々の方向に分かれた。天猫は滑り台のある公園の中心に、野良ボスは木々が多くある公園の隅の方に歩いて行った。
「何だ。何を騒いでいるのだ」
一匹や二匹ではなく大勢のオスとメスの騒ぎ声が聞こえてきた。それは、滑り台がある遊戯場がある方に近づくにしたがいハッキリと聞こえてきた。
「何をしているのだろう」
天猫は驚きの声を上げた。一匹の猫が滑り台の上から声を上げているからだ。まあ猫では想像が出来ないだろう。人間で例えるならば偉そうに胸を張り、高笑いを上げながら指示や苦情を言っているのだ。そして、階段の下に居た猫が、階段を上がり頂上の猫に何かを差し出していた。そして、何匹かの一匹は滑り台から蹴り下ろされていた。恐らく、気に入らない食べ物でも持って来たからに違いない。
さらに天猫は近づいた。すると、この場の秩序を守ろうと指示をしている黒猫がいた。そして、その猫の元に行き全てを話した。
「あああ、その猫なら確かにシロ様です。ですが、好んで野良になりたくて家出したのでは無いのです。主の弟が変な病気に罹ってしまったのです。一番遊んでくれたのが弟さんらしくて治す為に神の見使いを探しているのです」
「そうなのか」
「それも、自分の為だけで無いのです。我々の元の主や野良に優しい人達まで病気に罹り、その人達の病気まで治す為に探してくれているのです」
「それで会えたのか」
「いいえ、まだです」
「そうかあ、それで、シロさんに会わせてもらえるのかな」
「うう、シロ様はお疲れで、これから休まれる予定ですので、お引取り願います」
そう答えた後は沈黙が続いた。本当に体の事が心配なのだろう。それに、自分では決められないのも確かだった。
「オオホホホ、私に会いたいのね。二号いいわよ。会いますから上に通しなさい」
高笑いをあげながら言葉を掛けた。だが、何か勘違いと思える。そんな考えをしているような様子だ。天猫は、何も気が付いてないようだ。そして、ゆっくりと階段を登り、シロの前に立った。
「私がシロよ。オホホホ、貴方は何を持ってきて、私の気を引こうとしたのかしら」
「え」
天猫は意味が分からず驚いた。
「何も持ってきてないように見えるわね」
「何を言っている意味が分からないぞ」
「私と話がしたいなら美に関係がある物を持って来る事ね。出直しなさい」
「俺が来たのは、何故、家出したかだ。だいたいの理由は、タマに聞いたが帰れないのか」
「人間の医者が役立たずだから、私が御主人様の病気を治すために行動しているのです」
シロは楽しそうに話をしていたが、天猫の言葉を聞くと怒り声を上げた。
「え、御主人様だと、俺は、お前の御主人から依頼されて来たのだぞ」
「ああ御主人様のお姉さんね。あの人は違うわ。美を求める同士みたいな者よ」
「同士?」
「そう、美にしか興味が無いの。私にもオモチャのように飾られたわ。でも、今では綺麗になるのは楽しいわ。だって、御主人様が綺麗だって言いながら撫でてくれるわ。それに綺麗になってからはもっともっと遊んでくれるようになったのよ」
「それでだが、どのようにして病気を治そうとしているのだ」
「私の曾祖父の話では創造主に会えたら、どんな願いも叶うって聞いたわ」
「ほう、その話を詳しく聞かせてくれないか」
「話をしたら、私の邪魔はしませんね」
「邪魔はしない。もしかしたら手を貸せるかもしれない」
「ありがとうございます。曾祖父の話は代々語り継がれた話です」
「そうかあ。聞かせてくれるか」
「私の先祖は神官で、あの伝説の天猫神の両親の友人でした」
(ほう、私の両親の事なのか)
そう考えたが、天猫は話を遮ると思い、口には出さなかった。
「同じ村の住人で、私の先祖は神官で、伝説神の両親は戦士だったと聞きました。伝説として名前は残していませんが、当時の猫族では最強だったらしいのです。共に猫族の為なら命を捨ててもかまわない。そう誓ったと語られています。ですが、私の先祖はお告げを聞き、天猫神の両親は創造主の居る地に向かった。何か使命を託されたのでしょう。その内容は伝わっていません。帰ってきませんでしたし、先祖も神のお告げだった為に話す事は出来なかったらしいのです。それでも先祖は、あの家族は猫族の為に行き、創造主の願いを叶える為に命を掛けたはずだ。そして、創造主に会えるだけでも、どのような願いも叶うのに、その見返りは、自分の家族の願いよりも村の為、猫族の為の願いを言ったはず。そのお蔭で村は幸せに暮らす事が出来たのだから忘れてはならない。そう語り継がれているのを、曽祖父から聞きました」
「ほう、そうなのか」
「私は、私は、創造主に会えれば願いが叶う。そう思い出したから、それで、御主人様の病気を治してもらうのです」
「理由は分かった。それでどうやって探しているのだ」
「語り継がれた話しでは、創造主は自分と同じ姿の物に心が宿っているらしいのです」
「そうかあ」
「でも、同じような物が多くて、どれが創造主の姿を現しているのか分からないのです」
「そうかあ、私達なら探し出せるかもしれない。普通と違う気を探せばいいのだろうからな。だが、その前に御主人に会わせてくれないか、私たちの知識で治せるかもしれないぞ」
「本当ですか」
「可能性はある。だが、本当の御主人の所に帰る。それを約束してくれないと困るな」
(創造主と言ったな。もしかしたら鏡兄ちゃんの生まれ育った所かもしれない。それなら丁度いい。それも探していたのだからな。良いことを聞いた)
そう思う感情を隠して、シロに提案した。
「あの女性の所にですかぁ」
「そうだ」
「分かりました。ですが、御主人の病気が治る。それが分かってからなら戻ります」
「駄目だ。もし、私達の知識で治らない時は、宿っている物を探すのだぞ。そして、創造主に会わないと分からない。それまで帰らないつもりなのか。それでは困る」
「分かりました。帰りますから必ず治してください」
「分かった。必ず何とかしよう。それでだ。もし、宿っている物を見付けた場合どうすればいいのだ。何か鍵や呪文があるのだろう?」
「ありません。創造主の名前を言いながら心の底から祈れば伝わるはずです」
「名前は何と言うのだ」
「知らないのですか、有名な月の姫ですよ。知らないのなら教えるわ。輝くと書いて、ひかる。輝さん。私のお願いを聞いて下さい。そう言えばいいのです」
「分かった。それで何時頃、会わせてもらえる。そして、何時帰るのだ」
「明日にでも会わせます。そして会わせた後に帰ります」
「そうだな。なら明日の十一時に、この場所に来てくれ。私に考えがある」
「はい、必ず来ます。あっ」
「おっ」
二匹はやっと周りの状態に気が付いた。何十匹の猫は殺気を放っていた。それもそうだろう。シロの気持ちを引こうとして貢物を持って何時間も順番待ちをしていたのだからだ。
「オホホホホ」
この場の雰囲気を誤魔化そうとした。
先ほどまでの自信に溢れたような笑いではなく。子供が学芸会で演技をするような笑いに変わっていた。恐らく、主人の病気を治す為に死ぬ気の行動だったのが、安心した為に気持ちが変わり、元の、まあ、元も少し変だったが元の猫に戻ったのだろう。
「オホホホホ。皆さん集まってくれてありがとう。でも私、家に帰る事にしました。皆さんも家に帰って下さい。今まで楽しかったわ。また会えましたら宜しくねぇ」
シロは先ほどまでの威圧感、高揚感など自信に溢れていたのだが、今は恥ずかしさが滲み出ていて言葉まで丁寧になっていた。
「チョット待ってくれ〜、あああ」
天猫は、この場に集まっている猫の手助けを欲しかった。だが、今のシロの言葉で天猫に怒りや嫉妬をしていたのだが、全ての感情が消えていた。まるで、暗示が解けたようだ。
「うわぁああ怖かった。少しずつだけど帰ってくれたわ」
「今からでも遅くない手助けを頼んでくれ」
「えっ何故なの」
「私が一人で創造主の宿っている物を探せと言うのか」
「あっそうよね」
「頼む」
「あっでも皆さん帰ってしまいましたぁ」
「はああぁ仕方ない。まあ良い。明日、この場所に十一時だぞ」
天猫は念を押した。
「午前ですよね」
「そうだ」
「はい、分かりました。それでは、私は寝ます」
「それが良いだろう」
そう答えると、天猫は探偵事務所に向かった。
次の日の朝、天猫は苛立っていた。沙耶加が普段より遅く来たからだろうか、だが、遅刻したのではない。ギリギリの時間だ。それでも、天猫が鳴き叫んでいたので食事は、海より先に作ってもらい普段の通りの時間だったはずだ。
「如何したの。そんなに鳴いて喉が渇くわよ。ああ喉が渇いたのね。待っていてね」
天猫は沙耶加が現れてから鳴き続けていたのだ。それで食事を求めている。そう感じて食事を与え。それでも鳴き止まない。その声を聞いていると、声が掠れているように思えミルクを与えた。だが飲まない。それで、今度は水を与えたが飲んでくれたのだが鳴き止んでくれなかった。
「如何したの」
天猫は鏡に話し続けていた。
(鏡兄ちゃん。早く出ないと待ち合わせに間に合わないよ)
(そう言われてもなぁ)
(もう、のんびりとしているから一時間も経ったよ)
(まあ、昨日と同じならまだ間に合うだろう)
(この二人だよ。何が起きるか分からないよ)
(そう言われてもなぁ)
(どうしたら良いのかな)
(まあ、何も出来ないが、天が騒いでいると余計に時間が潰れると思うなぁ)
(うっうう)
(そうだろう)
(そうする、箱の中で寝たふりでもしていようか)
(そうだな。それが良いだろう)
天猫は、そう言われ、のそのそと箱に中に入りゴソゴソと体を動かしていた。沙耶加は音が気になり覗いてみた。何故か天猫は手足でタオルを踏み踏みと体を動かしていた。
「ああ寝床を直して欲しかったのね。ごめんね。今直してあげるわ」
一度天猫を抱えて箱の外に出すと、タオルを平らに直した。
「どうしたの。入っていいのよ」
天猫は嫌々とハッキリと分かる姿で箱に入った。入ったのを確認すると沙耶加は机に向かい、今日の行動計画書の修正と出掛ける準備を始めた。時々、天猫がガリガリと爪を研ぐ音が聞こえた。よほど時間を気にしてイライラとしているのだろう。そして、五分、十分と時間が経つほど爪を研ぐ時間の間隔が短くなった。もう我慢が出来ない。そう天猫が感じて起きようとした。その同時刻、十時十分に沙耶加は立ち上がり、書類が完成したのだろう。その書類を海に手渡した。
(やっと終わったかぁ。十時半に出れば何とか間に合いそうだな)
天猫は大きな溜め息を吐きながら呟いた。
「あらあら起きてしまったのね。でも、丁度よかったわ。これから出掛けるわよ」
「ニャ」
(やっとかぁ)
「そう、私の言っている事が分かるの。本当に頭がいいわね。でも、少し待っていてね。海さんが読み終わったら直ぐ出掛けるからね」
「沙耶加さん、全て書類の変更を記憶しました。何時でも行動が出来ます」
「はい、ご苦労さん。それでは出掛けましょうか」
「指示の通り行動を始めます」
二度目の外出だからだろうか、「遺言状」その言葉を吐くことは無かった。それは、何も思考をすることなく無事に公園に着いた事を表していた。
「シャー、シャー、シャー」
(早く降ろせ。俺は時間がないのだ)
「どうしたの。あっ痛い」
天猫が、沙耶加の腕を引っ掻いた。地面に着くと二人に振り返る事も無く一目散に滑り台がある方に駆け出した。
「如何したのかしら、まあいいわ。海さん。シロの捜索を開始しますよ」
「はい、指示に従います」
その言葉を吐き終わると、公園の入り口から捜索を開始した。
「シロちゃん。出て来て」
と、沙耶加が声を上げる。その後に脅しているように海も呼びかけた。
「シロ、今直ぐ出て来なさい」
そして、段々と天猫とシロが居る。公園の中心にある滑り台に近づいて行った。
その頃の天猫は、シロに五分遅れた事に謝っていた。
「私、遅いから帰ろうとしていたのよ。何なの、私を待たせたのに謝罪もしないの」
「済まない。それより、もう近くまで知り合いが来ているのだ。私の話を聞いてくれ」
「何なの、そんな謝罪なんて、悪いって気持ちがないの」
「あのなぁ。うっうう、本当に遅れて済まない」
天猫は仕方がなく尻尾をたらし服従の姿を示した。それは、人間で例えるなら土下座をした。それほど時間が迫り。今直ぐでも沙耶加と海が現れてもおかしくなかったからだ。
「まあ、いいわ。許してあげる。それで何なの話があるのでしょう」
「話しと言うのは、お前の捜索を依頼された探偵所の者が来る」
「そうなの」
「そうだ。それでだが、その者達に捕まらないように飼い主の所に行って欲しい」
「飼い主って誰よ。誰の事よ。まさか」
「弟さんの方だ」
「そう、それならいいわよ。任せて」
「着たら頼むぞ。私がお前を追う。上手く逃げて案内してくれよ」
「うん、案内するわ。だから必ず病気は治してよ」
「相談が出来る者が居る。会わせれば何か良い答えを出してくれるはずだ」
そう言い終わると滑り台から降り、沙耶加、海の所に向かった。
「ニャニャニャニャ」
(鏡兄ちゃん、鏡兄ちゃん)
今、身体を動かしているのは海だ。いくら叫んでも鏡には届くが返事が返ることは無い。それでも叫んでいるのは少しでも早く来て欲しいからだろう。
「猫の鳴き声だな。シロだろうか」
と、海が天猫に気が付き、沙耶加も直ぐに気が付いた。すると、天猫は行動に移った。それは、天猫がシロを追い掛けるような行動をしないと行けない。そう二人に思わせた。そして二人は、その思惑の通りに行動するようだ。
「シロちゃんなの?」
「ニャ」
(追いかけて来いよ)
「あああ、海さん居たわ。シロちゃんかも、滑り台の上に居るわ」
「遺言書、遺言書。この場合の遺言書では」
「行動計画の変更、即座にシロを追います」
「はい、その指示に従います」
その様子はオスの天猫が発情期で、メスのシロを追い掛けるようだった。
二人は二匹を追い掛けた。公園を出て、歩道に出た時ははらはらした。何度も車に轢かれると感じたからだ。それでも走り続ける。でも二匹は離れず、常に姿が見える。ある程度の距離を取っているとは、二人は気が付いていないようだ。そして、二匹は街中を過ぎ住宅街に向かい。ある家に入るのを見届けた。そして二人は、その家の前で悩んでいた。
「あのう何か用でしょうか」
年配の女性に声を掛けられた。
「その、あの、私、沙耶加と言います。二匹の猫が、この家に入って行きまして」
「えっ、その猫って真っ白でしたか」
「はい、そうです」
「帰って来たのだわ」
そう言うと満面の笑みで家に駆け込んだが、直ぐに玄関から姿を現した。
「もし、時間があるのでしたら家に上がりませんか」
婦人は満面の笑みで声を掛けるが、開けると同時に猫の鳴き声が聞こえてきた。それも悲鳴のような助けを求めるような泣き声だった。
「あっはい、ありがとうございます。それでは少しお邪魔します」
沙耶加は鳴き声を聞くと不安を感じたが、トラ猫を引き取らないと行けない。それに、シロの飼い主かを確かめないと行けない。そう思案して家に入った。
「あのう、お連れの方は立ち尽くしていますが、如何したのですか?」
「ああっ海さん。行動計画書を白紙にします。これからは、私の指示に従い、即座に、今から言うことを実行してください」
「はい、その指示を従います」
「歩道を歩く速度で玄関に入り。その場で立ち止まり、靴を脱いで部屋に入ってください。もし判断が出来ない場合は、探偵事務所の畳敷き部屋に入るのと同じ行動をするのです。それでも判断が出来ない場合は、今までの経験と記憶で判断するのです。これは、もし、私を見失った場合の行動計画書の第ニ章です」
「あのう。沙耶加さん」
婦人は驚きの顔を浮かべた。だが、直ぐに目をキラキラと光らせて二人の様子を見続けた。悪巧みと言うよりも救われる。そう思える表情だった。
その婦人の様子に、二人は気が付いていない。海は気が付くはずも無いが、沙耶加は、海が心配だった。その様子は子供が心配で母のように見つめ続けるようだった。
「お邪魔します」
ロボットが話しをするような挨拶をして家に上がり、沙耶加の隣に座った。その間も猫は鳴き続けていた。
「私達は、山田探偵事務所の者です。シロと言う猫を捜していて、この家に来ました」
「やっぱり、シロなのね」
「お聞きしますが、もしかして、斉藤恵利子は、娘さんでしょうか」
「そうですよ。何故です」
「私達は、娘さんからシロちゃんの捜索を依頼されました」
「あああ、それで探し出してくれたのですね。ありがとう」
「それでですが、シロちゃんなのかを確認してくれませんか、それを確認すれば失礼したいと思います。ああ、それとですね。捜索している時に気が付いたのですが、トラ猫と仲良くなった為に家に帰らなくなった。そう思います」
「そうなの」
「それでですが、もし、それが嫌でしたら対策を考えます。その時は又、依頼して下さい。そう娘さんに伝えて頂けないでしょうか」
「はい、伝えておきます。でも確認する必要は無いですわ。シロに間違いないです」
「そうですか、それは良かったです」
「チョット待っていてください。私から聞きたい事があるのですが」
「なんでしょうか」
「あのう。お連れさんは、今流行りのロボット病でしょうか」
「ロボット病?」
「そう。えっ、まさか知らないのですか、身体の機能も脳波も全て正常なのに、自分で思考して行動できない病気です」
「海さんと、同じような様子ですね」
「お願いします。どうやって快復したか教えて下さい」
「快復させられるか分かりませんが、見せて頂けませんか」
「どうぞ、こちらに来て下さい」
母は、そう言うと隣の部屋に案内した。
「はい」
沙耶加は思案しているような表情を浮かべながら後を着いて行くが、海も着いて来た。まるで、使役ロボットのようにフラフラと歩いてくる。
「どうぞ、私の息子の謙二です」
母は、猫が出入り出来るように少し襖を開けていた。その隙間から部屋の中を覗かせた。
「う〜ん。チョット判断が出来ません。部屋の中に入っていいですか」
「はい。どうぞ」
沙耶加はゆっくりと襖を開けて中に入った。すると猫が三人に気が付き鳴くのを止めた。そして、沙耶加は謙二の様子を見ていたが突然に手を叩いた。
「反応が無いわ。海さんとは違うわね」
「そうですか」
「食事とかはどうしていますか」
「決まった時間に、目の前に置くと食べてくれます」
「そうですか。なら指示をしたら動けますか」
「指示ですか」
「そうです。見ていて下さいね」
「はい」
「謙二君、右手の親指を顎に当てなさい。動かす速度は任せます」
謙二は無言で、その指示に従った。だが、まるでロボットのような動きだった。
「おー海さんと同じですわね」
「この病気は可なり増えてきているらしいのです」
母は、息子が玩具にされた。そう感じて少し怒りを表したように思えた。
「そうですか」
「でも何故なるのか分からない。そう言われました」
「済みませんが、私には何も出来ません」
そう沙耶加が言葉を返した。
すると突然に、人間の言葉が分かるのか、シロが鳴き出した。
「どう言う事なの、会わせたら対策を考えてくれるって話しでしょう」
「それは、この女性では無い。後ろに居る。私の主だ。だが、今の状態の海ではないぞ」
その鳴き声に天猫も鳴き声を返した。
「それなら、それなら」
「まあ、主の言葉が時々聞こえたが、何か邪気を感じたらしい」
「邪気なの、鬼、化け物」
「そうだ。そう言う者だろう。恐らくだがなぁ」
「なら、治るのね」
「退治が出来ればなぁ。まあ、主と相談してみる。それからだ」
「また、一緒に遊びたいから必ず治してよ」
「何度も言わせないでくれ、主と相談してみる。だが、出来る限りの事はする」
「はい、はい」
その鳴き声で二匹の猫は鳴き止んだ。
「まあ、お別れの挨拶をしたの。本当に頭が良い子ね。なら帰りましょう」
そう言うと、また、シロが鳴いた。その後、天猫が一声だけ鳴いた。
「外で待っているよ」
天猫が鏡と静に言った。正確に言うなら海と沙耶加のはずだろう。
「今度は、トラちゃん。あなたの家を探さないとね」
その意味が分かったのか、天猫は部屋を出る。そして、一人で玄関まで出て行ってしまった。それを追い掛けるように、沙耶加と海も後を追い掛けた。
「それで、娘さんに宜しく。それと息子さんの方も何か分かれば知らせにきますね」
「お願いします。お願いします」
何度も何度も頭を下げながら見送った。
「待って、待って、そんなに急いだら危ないわよ」
猫が急いで帰るのは、これから忙しくなる。それを、鏡と静に伝える為だったのだろうか、その事はまだ、二人には分からなかった。 第六章
探偵事務所に帰宅すると直ぐに天猫が鳴き叫んだ。それは、食事の要求でも、部屋から出たい為でも無かった。友であり、昔の主人と会話をしていたのだ。それは変だと思うだろう。海の意識が無い時だけ、鏡は話が出来るはず。だが、それは、一年ぶりに外出したからだった。様々な物を見て出来事が会った為に頭の中で整理と言うか思考していたのだ。全てを記憶する為にだ。それは、夢を見ているような状態だった。それで、どのような話しをしているのか、それは、楽しい思い出の話しでは無い。命を懸ける。そう感じる真剣な鳴き声だった。それは、主に邪気があると言われて、今までのシロから聞いた話を全て伝えていたのだった。
「そうかぁ」
海の体の中にいる鏡がうなずいた。だが、体で表現したのではない。言葉だった。
「鏡お兄ちゃん」
「ん、なんだ」
「今話した事って本当だと思う」
「お前の本当の姿を見れば、誰でも信じるよ」
「ありがとう。そうでなくて創造主の話しだよ」
「あああ、何でも願いが叶うって話しのだなぁ」
「そう。それって、鏡お兄ちゃんが住んでいた所かなって思ったよ」
「俺が住んでいた所だと」
「そう憶えていないの」
「憶えていない」
「何時からか分からないが天と二人で旅をしていた。その前は記憶が無い」
「はぁー。そうなの、初めて会った時は、海と同じ様子だったよ。あの時は本当に疲れた」
「嘘だろう。なら、その前の事は憶えているのか?」
「あまり憶えていない。初めは、父さんと母さんと三人だったよ。そして、大きい建物がある所に着いてから鏡兄ちゃんが旅の仲間になっていたよ」
「そうかぁ」
「でも、何故、天と鏡お兄ちゃんだけになったか憶えてない。その時は悲しいとか又会えるのか、そんなこと考えていられなかった。その時の鏡兄ちゃんは常識が無かったから、でも、その時から強かったよ。化け物とか獣とかに会った時は、別人のように体が動いて退治してくれたからね」
「そうかぁ。その話が本当なら、何でも願いを叶えてくれる。その創造主は、その地に居るかもしれないなぁ」
「本当だよ」
「分かっている。神とか創造主など居ないと思うが、その地に行けば何かが分かるはず」
「それで、どうやって行くの。何も憶えていないよ。場所も建物の形もね」
「まあ、そのような化け物が行くような不思議な所が何箇所もあるはずがないからなぁ」
「化け物、まさか天の事?」
「うん、まあ、そうだな、って、俺が言いたいのは、そうでなくてだなぁ。いろいろ言われている地は、一箇所だと言いたいのだぞ」
「うん」
「恐らく、神社か寺に、その物が有るはずだ。あっ、もしかしたら、今は公園として使われているかもしれないなぁ」
「この近くに、いや、この地に有ればいいけど」
「それは大丈夫だろう。近くに有るはずだ」
「何故、そう考えられるの」
「シロの一族が、この地で代々生きてきたと思うからだ。それなら、その話は、この地の伝説だろう。それなら、この近くに有るはずだ」
「なら、何故、見付からなかったのかな」
「恐らく、猫の置物か、猫と考えて捜したからだろう」
「えっ」
「そう思わないか、もし、天の形を取ったとして猫と思えるか、子供の姿なら猫と思うが、今の大人の姿なら猫には見えないぞ」
「そうだね。でも、そうすると数が多過ぎて探しようが無いよ。如何したら良いと思う」
「私達と最後に別れた時の事を憶えているか、あの時、獣の住処を探したのは天だぞ。まあ、正確に言うなら住処では無く、次元の入り口だったがなぁ」
「あああ、あれと同じような物を探せば良いのか」
「まあ、一人では無理だろう。野良猫たちに助けてもらえ」
「うん、でもね。猫に分かるかな?」
「あの時の天は、マタタビに酔ったような不思議な気分になった。そう言っていただろう」
「あああ、そうそう思い出した。それなら猫でも捜せるねぇ」
「天、探し出したら知らせてくれ。皆で行こう」
「知らせるよ。俺、野良ボスに頼みに行って来る」
「天、頼んだぞ」
その言葉を最後まで聞かずに窓から出て行ってしまった。
「あら、ご飯を食べずに行ってしまったのね。ご飯を置いておけば食べるわね。それに、嫌いな物だったら困るから、カリカリも置いて置きましょう」
独り言をつぶやき終わると、何時ものように海の夕食などをして帰宅の準備をした。
「海さん、私はそろそろ帰宅します。明日も出社しますので、宜しくお願いします」
「ゆい、ご、ん、じょう。第」
沙耶加は、帰る時は無言で帰るのが普通だったのだが、今日は違っていた。何だが喜んでいるようにも思えた。恐らく、海と同じ状態の人が多い。それを聞いたからだろう。まだ、海の様子が軽い症状と思えたから、言葉を掛け続ければ元に治ってくれる、そう感じたからだろう。
「いいのよ。頭を下げるだけでも、出来たら、お疲れ。って、言ってくれれば嬉しいわ」
そう言うと、恥ずかしくなったのだろう。海の返事を聞かずに何度も何度も頭を下げながら扉を閉めた。その頃、天猫は公園に着き大きな鳴き声を上げていた。
「おおい、おおい、野良ボス」
何度も呼んでいたが現れなかった。天猫は、相手が会いたくない。それに気が付いていないようだ。親友に会うかのように嬉しい鳴き声をしていた。まあ、野良ボスが公園に居るか、それは分からないが天猫は公園の中を探し続けた。そして、公園の敷地の中を半分くらい探した頃、一匹の黒猫と会った。
「ああ、済まない。チョット聞きたい事があるのだが、いいかな」
「おおっ天猫様、わっ私に用があるのですか、な、な何でしょうか」
唇を震わせ、どもりのような返事を返した。心底から怖いのだろう。
「野良ボスを探しているのだが、分からないか」
「わっわっ分かりません」
「うっ、それなら、もし会ったら伝えてくれないか、話したい事がある。と、私は、これからシロに会ってくる。その後に会いに来るから待っていてくれ。そう伝えてくれ。ああっ、野良ボスは公園が寝床だよな」
「はい、公園が寝床です。はい、勿論、帰って来なければ探してでも伝えておきます」
「頼む」
「はい、必ず伝えます。安心して下さい」
先ほどまでは、尻尾を垂直に上げて気分よくメス猫でも捜していたのだろうが、今の尻尾の状態は身体に付き、細められるまで細めながら怯えていた。その状態は、天猫が目線から消えるまで続けるはずだ。その事にまったく気が付いてない天猫だが、なぜか突然に走り足した。もしかして、黒猫の気持ちに気が付き目線から消えてあげようと考えたのか、そうでは無かった。蜥蜴を見つけて走り出したのだった。恐らく、シロの手土産にするため捕まえようと考えたのだろう。
「ねえねえ、ママ、見てみて猫ちゃんが何か銜えて歩いているよ」
「本当ね。頭の良い猫ね。近くに御主人様が居るのかもね。それとも、家に持ち帰って、御主人様に、いい子、良い子をしてもらうのかもね」
天猫は、シロの家に向かっているのだが、蜥蜴を銜えながら堂々と街中を進んでいた。二人の親子が楽しそうに話題にしていたが、その人だけでなく回りの人々も興味深げに視線を向けて驚きの声を上げている。その姿を見ると、ますます誇らしげに歩いていた。
そして、天猫は顎と首の痛みを感じながら歩き、シロの家に辿り着いた。
「えっ、もう病気の原因が分かったの」
自分の家のように、器用に右手で部屋のガラスの引き戸を開けて入ってきた。
「おお、居たか土産だ。食べるにしても玩具にするにしても好きにして良いぞ」
そう言うと口を大きく開けてトカゲを放した。
「にゃー」
シロは、喜び溢れる鳴き声を上げて蜥蜴を追いかけた。だが、蜥蜴の尻尾を踏んだ為に切れて逃げられてしまった。
「まあ、家の中だから逃げられないだろう。後でゆっくりと探してくれ」
この様子を家の者が見たら悲鳴を上げながら逃げ回るはずだろう。いや、それでは済まないはずだ。恐怖のあまりに気を失うに違いない。
「済まないが、主の原因が分かったから来たので無い。シロに頼みたい事があって来た」
「ふっ、シャー」
蜥蜴に逃げられたからか、それとも、天が頼みに来たからだろうか、怒りのような不満のような態度を示しながら天の話しに耳を向けた。
「何、私に頼みたい事って、私、主様から離れたくないのよね」
「そこを何とか頼む。前に主の為に猫の置物を探したのだろう。今度は、そうでなくて、ある物の近くに行くとマタタビのような気分になる場所を探して欲しい」
「また探すの、無いと思うわよ」
「そこを頼む。主の為だろう」
「うっ、うっ、分かったわよ。私は何をすればいいの」
「前のように沢山の猫に探させてくれ。私も、野良ボスの仲間に頼みに行く」
「そう分かったわ。また友人に頼んでみる。それで、探し出したら如何するの?」
「その場所に無理に近寄るな。まあ、酔った状態になるから近寄る事は出来ないはずだが、直ぐに野良ボスに知らせてくれ、そうすれば私に伝わる」
「でも、まあ、あれほど探して無かったのよ」
「もう一度言うが、物でも、建物でも、何でも良いが、マタタビが無いのに、同じような気分になる場所か物があったら知らせてくれ」
「わかりました。そう言って探してもらいます」
「頼む。私は、野良ボスに頼みに行かなければならない、これで失礼する」
この言葉を最後に、入ってきた時と同じように部屋から出て公園に向かった。
その頃公園では、野良ボスが悩んでいた。
「クロ。天猫が、私に話しがあると、そう言っていたのか」
「あれが噂の天猫様ですね。怖かったよ。今でも震えが治まらない。確かに伝説の偉大な猫ですよね。でも、影の噂もありますよね。確か」
野良ボスは恐ろしさの為だろう。気持ちを落ち着かせる為に、クロの話しを遮り話し始めた。クロも恐ろしくて逆に黙った。その様子を見ていると、自分から声を出すと過去に起きた事が自分に降りかかる。そう感じているのだろう。
「そうだ。確かに猫の鏡だ。主人の為に命を惜しまない。猫の中の猫。猫神と言われるのは当然なのだが、裏では脅威の食欲で村の食料を全て食い尽くし、そして、同族の女性にはだらしなかったらしいからな。もし、気分を壊したら何が起きるか、それを想像するのも嫌になる」
「そそ、そうですよね」
まあ、天猫から言わせれば他部族の猫から村を守る。その謝礼が好きなだけ食料を払う。それが約束だったのだ。そして、一人で村を守った事でメス猫から好意を持たれただけだった。まあ、オスから見れば、いいように思いたくも無かったし、良い事を伝える気持ちも無かったのだろう。でも、強く、約束を守り主人に最後まで尽くした。その言い伝えは猫のメスが語り継いだはずだろう。
「何か遇ってからでは遅い。力自慢している猫を至急に集めてくれ。もしもの時、取り押さえて欲しいからな、天猫が来る前に頼むぞ」
「安心して下さい。叫び声が一番大きい猫に緊急呼集を知らせます。十五分もあれば集まるはずです。それでは失礼します」
「頼む」
ボス猫は、五分も経たない時、叫び声を耳にした。一瞬だけだが安心した表情をしたが、その後は、天猫が来るのを恐れたのか、大勢の猫が来てくれる事を心配したのだろうか、それとも、集まる時間が間に合うか心配したのだろう。同じ所を何度も回っていた。
「ボス。何があったのです」
叫び声が終わると、一匹、二匹と猫たちが集まって同じ事を尋ねた。そして、十五分後には百匹以上の猫が集まった。野良ボスはやっと安心したのだろう。歩き回るのを止めて、集まるように声を上げた。
「他町内のボス、力自慢の勇者猫。皆に集まって頂きありがとう」
「何があったのだ。馬鹿馬鹿しい話しだったら、この場の猫たちに殺されてもいい。そう思って、皆を集めたのだろうな」
この場で一番の年長の猫が声を上げた。力では役に立たないだろうが、知り合いなどに集まるように説得したが、心配になって一緒に来たのだろう。
「伝説の天猫様が現れた。そして、皆に頼みたい事がある。そう言っていたそうだ」
「嘘だろう。あの、あの伝説の猫なのか、もし、本当なら」
「長老、一大事なのか」
「間違い無い。全ての猫族の命に関わるかも知れないぞ。それほど恐ろしい猫だ」
「嘘だろう。本当なのか」
「間違いは無い。天猫様です」
全ての猫が呻きのような、雄叫びのような声を上げた。興奮を押さえられないのだろう。
「間もなく天猫様が来ます。静まって下さいませんか、刺激を与えたくないのです」
野良ボスが大声を上げると、静まったと言うよりも耳を済まして、何時、来ても良いように心構えしているように感じられた。一分、五分、そして、三十分が経つと、やっと天猫が現れた。
「天猫様、お待ちしていました」
「野良ボス。まさか、私の頼みの為に皆を集めてくれたのか、ありがとう」
「シロと言う猫を知っているか、シロと同じ願い事を頼みたいのだ。もう一度探してくれ」
「ああ、女王シロ様の事ですね。神に会って願いを叶えてもらう、その為に猫の像を探してくれ。あの話しですか」
長老だけが声を上げた。人生の経験で怯える事も恐怖を感じる心は克服しているのだろう。堂々と問いかけた。
「そうだ。だが、今度は、マタタビが無いのに同じような感じをする場所か、その物を探して欲しい。まあ、もし、知っていて秘密にしている猫もいると思うが、猫族、いや、人の為だけでなく、全ての生き物の為なのだ。探して欲しい。頼むから力を貸してくれ」
全ての猫は自分の周りの猫に視線を向けて、如何したら良いか様子を見ていた。
「何をしている。命に関わる事だぞ。直ぐに探しに行くのだ」
長老がまた声を張り上げた。もし、野良ボスが言っても、他の猫が言っても、その場から皆は動かなかっただろうが、だが、年長の言葉だからだろう。皆は即座に行動した。